内藤が超名曲の常識を斬る‼
Correcting big mistakes in famous pieces


シベリウス 交響詩(世界初)新校訂版「フィンランディア」

世界初!シベリウスによる1905年最終版交響詩 【フィンランディア】
フィンランドの学者も知らなかった‟交響詩”としての完成稿に基づく新校訂版
(パート譜はメールによる請求により無料添付可)

総譜 内藤彰校訂新版 ¥1800+税
発売元;(株)ハンナ 東京ニューシティ管弦楽団 AMAZON 楽天  他大手楽器店
CD;指揮 内藤彰 2020年中に発売予定

世界の指揮者必見!間違いだらけで指揮者を悩ましてきた総譜の誤りを徹底解剖。 フィンランドの学者も含み、世界中誰も知らなかったその原因から解決策まですべてフィンランドの秘蔵資料が根拠
 世界中のすべての指揮者を悩ましてきた従来の版の多数の誤りに対し、それらが生じた原因を追究するため、数々の未公開資料をフィンランドから取り寄せ精査した。また誤りの一因となった‘シベリウスの作品の聖書’とまで言われているDahlströmのカタログ(事典)の初歩的ミスに世界で初めてメスを入れ、フィンランド国内で常識となっていた種々の学説の誤りを指摘確固たる根拠を提示しながら、フィンランドの研究者が気付いていなかった大きなミスをも根本から修正した。従来の版は、

1899年11月、当時ロシアの支配下であったフィンランド国民の意気高揚のための劇(の一部)として初演されたが、唯一の総譜であり、その後の公演で使用していた自筆譜(通常予備のために作る浄書譜は作製していなかった)を本人が紛失し(1900年10月末)、やむなく使用中の初演パート譜を基にして総譜を作り直したが、その過程等において、二重の写譜ミスが発生した。初演のパート譜を精査すると、今まで多く存在し、指揮者を悩ましてきた総譜の誤りが如何なる理由で生じたのか、本来の姿はどうであったのか等々が手を取るように解り、それが今回の改定作業の半分を占めた(研究目的で、初演のパート譜を見たい方は、akira.naitou@nifty.com にご連絡ください。メール添付で無料送信します。一緒にさらに研究を深めていきましょう)。

また、彼は>記号を通常よりずっと横に長く書く癖があり、それが写譜師に誤解され、大多数が松葉dim.と書かれてしまう(シベリウスの交響曲のBreitkopf社による最新校訂版をも含む、おそらく彼のすべての楽譜で未だにほとんどの>が間違ってdim.のままになっている)等々、残念ながら今まで世界中でシベリウスの楽曲は、間違った楽譜による誤った演奏が当たり前に行われてきたと言っても過言ではない。これは戦慄を覚えるほど極めて大きな過ちであり、早急にすべての楽譜の見直しが行われなければならない! それだけではない!

当初劇の伴奏音楽(7曲の組曲の内のフィナーレ)として作曲されたこの作品は、翌1900年7月に開催されたパリの万国博でそのフィナーレ(現在のフィンランディア)が独立して演奏されたが、その成功を機に秋には独立した交響詩として出版する話が持ち上がり、多忙な彼は結果として出版された1901年3月までに、元の劇音楽に少しずつ部分改訂を行っていった。
 その詳細な改訂過程の多くは、初演時から初版が出版されるまでの約1年半の間使われていた唯一のパート譜を精査することにより判明する。何故なら、そのすべてのパート譜に初版から第3版(今まで演奏されてきた版)までの楽譜が3種類とも全部残されており、しかもいくつかのパート譜には、それぞれ変更された最初の公演年月日が、使用した奏者により記されている。フィンランディアの終わり部分、つまりCODA部分は、前述パリ万国博の際書き直され、さらに今まで使われてきたコーダは、初版出版(1901年3月)直前の2月下旬に再度書き直されたものであることが、それらパート譜中の、奏者による演奏日時の書き込みにより判明する。  このように他の部分も徐々に交響詩の形式を目指して改訂されていったが(詳細は私の新版の校訂文に、オリジナルのフィンランディア完成までの行程が、年表付きで示されている)、出版社には出版社の事情があったのだろう、3月にシベリウスが家族と共にイタリア旅行中(交響曲2番やヴァイオリン協奏曲を作曲中)、まだ交響詩として完成に至っていないにも拘らず、初版(現在まで使われてきた版)が、彼の承認を得ないまま出版されてしまった。
 そのため、現在まで使われている【フィンランディア】(第3稿)には、劇音楽のまま交響詩になりきっていない箇所も残っており、その様な事情も知らない指揮者たちは、正解無きその非音楽的部分をどのように演奏すべきか大いに悩まされてきた(特に77小節からの5小節間の低音楽器がただ同じ音を続けるだけの場面の処理方法は、すべての指揮者や奏者を悩ませてきた)。この部分は交響詩に未改定のままであった典型的部分である。
 この曲の完全なる交響詩に至るまでの、前記年表をも含む約2万語を超す数々の詳細な解説が今回の内藤新校訂版総譜の校訂書に載せられているので参考にされたし。

幸い上記の問題点の大半は、4年後の1905年に、シベリウス自身が出版社の依頼を受けピアノ編曲版を出版する際、単なるピアノ譜への編曲ではなく、根本からの改良を加え、交響詩になり切っていないまま出版されてしまっていた箇所は、交響詩として完成させ、前述の理由等で多くのミスが生じていた部分は殆ど完全に修正された。また、曲頭の金管楽器のアンサンブルとTim.の関係部分は、全く新しい演奏法(休符の位置等)が、シベリウス自身により示された。  しかし残念ながら、それまでの歴史上名を成す作曲家を含むすべての作曲家の作品と同様彼の存命中にはそれらを修正した新版は出版されずじまいに終わった。現在は印刷技術の飛躍的向上等により、格安で改訂版を出すことが可能になったが、当時の諸事情では、それを許さないほどの高額な費用が必要であったことが、シベリウスほどの大作曲家にとっても大きな壁になったのだろう。この内藤彰新校訂版は、現行版にあった多くの誤植他を、シベリウスの最終意思である1905年版を基に大修正し、さらに交響詩として新たに改訂された部分は(注)、それをオーケストラ譜にも取り入れ、交響詩の一構成部として立派にその役割を担わせた。  また、当然多くの誤った松葉dim.は削除し、その替わりとして元々シベリウスが書いていた彼独特で極めて特殊な形の>を、一般に流通している通常の形の>に直し、それを彼の意思に従った正しい音符の上に付け直した。その作業によって、一部の箇所では>の付く位置(音符)が替わり、リズムの強弱が逆転する等、今まで誤まったまま演奏されてきた箇所が、すべて本来のシベリウスの意図どおりに修正された。すなわちすべてがシベリウスの意思に従った楽譜の姿に蘇ったのである。  さらに、彼は曲の終結部を計4種類書いた(1899年11月初演版・1900年7月パリ万国博版・1901年3月初版版・1905年最新版)が、それらは間違いなくどれもシベリウスの作である故、単なる劇の伴奏用であり交響詩のCODAとしては未熟であった最初の版を除く3種類のCODAの、どれをもを選択して演奏できるよう3種の総譜以外に、パート譜も新規に作成し、どのコーダも最初から続けて演奏できるよう、楽譜制作の工夫がしてある。  またこの版を収めたCDには、通常演奏されている1901年版以外の3種類のCODAがすべて収録されている。この部分の総譜やパート譜、そしてCD収録はおそらく世界で初めてであろう。校訂文は、2万語を超える日本語、そして英語、独語、フィンランド語に訳されており、今後世界中で、間違いに満ち満ちた現行版に替わって演奏されるようになることを願っている。
(注) 初演時には77小節からの5小節間、舞台上の劇の雰囲気を盛り上げるために、低音楽器のみがドの音を何のリズムもなく、ただ20拍分切れ目なく効果音として続けて鳴らされていた。ところが劇音楽ではなく【交響詩】となった初版(現在普及版)では、当然劇の伴奏であったからこそ必要であったこの効果音は削除あるいは修正されるべきであったが、その作業に取り掛かる前、すなわち彼が知らない間に初版が出版されてしまった(イタリアにいた彼は、初版出版にあたってほとんど何らの修正もする時間的余裕はなかった)。そのためその効果音だけが空しく残されたまま放置され、以降の演奏ではその何の意味もなく残された低音楽器のドの長音に対し、指揮者や奏者はなす術もなく、ただひたすら耐えて20拍分数えるしか手段がなく、悩みの種であった。
 シベリウスと出版社との間は、その後もミニチュアの総譜の新規出版に際し、その噂を聞いたシベリウスが、賛歌部分の新たなメトロノーム数字付け(♩=104)等、その機会を利用して修正希望の手紙を送ったが(1930年12月)、“その手紙が出版社に届く前(10月)に、すでにそのミニチュアの総譜は出版されてしまっていた”。
 つまり、シベリウスの許可を取るどころか、彼に知らせることもなく出版してしまうという、今の常識では考えられない関係であったことを匂わせている(Dahlströmのカタログより)。
 現在とは異なり、遠く離れた地にいた両者間の意思の疎通には数ヶ月もの期間が必要であったことに加え、両者間の間も意思の疎通がうまく取れていなかったことを窺わせるエピソードである。
(追補) 流通している【フィンランディア】に無数に存在する誤りの中でも目立った誤り箇所を少々挙げておく。
1~4小節のTrb.Ⅲが、初演のパート譜にはあるにも拘らず、総譜の再作成時のミスにより抜けていたため、Tubaと同じ楽譜を書き入れた。
現行の総譜ではTim.が8小節と9小節の間で途切れているが、それは初版時からの誤りで、7~9小節は続けて叩かれ最後はdim.する。③9小節と10小節の間に最終版ではフェルマータ、つまり一瞬の休みが入り、その後、後半が始まる。46小節の松葉dim.は>の誤り。47~49小節のCl.のcresc.,ƒ,espr.,dim.はすべて1小節ずれており(前述したように、シベリウスが唯一のスコアを紛失したため、各パート譜から総譜を作り直す際、誤って1小節ずれて写譜されてしまった)、前の小節に付け直す。62~69小節の>の付け間違いに関して。シベリウスが付けた>は62,64、65、66の2拍目、68,69である。63と67の2拍目に付けられている松葉dim.は、それぞれ前の小節の2拍目にシベリウスが付けた>を、彼の書き癖を考慮せず間違えて写譜したもので、彼の楽曲に多く見受けられる基本的かつ重要な過ちである。77小節からは誤りではなく、1905年に彼が交響詩を完成させるために改変した箇所で、77小節にはdim.が、次からの4小節は、1小節短くして3小節にし、molto cresc.させ音域も広くする。等々挙げ出したらきりがない。もっとお知りになりたい方は、すべてそれらの根拠も明確に示して修正してある私の新版をお買い求めくださいませ(大手楽器店または通販で)。

Finlandia score 内藤新校訂版 Download

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Please download it freely!

フィンランディアスコア内藤彰校訂版
Finlandia newest score revision at Akira Naito


パート譜

Finlandia_Vn.I_160222.pdf
Finlandia_Vn.II_160222.pdf
Finlandia_Va_160222.pdf
Finlandia_Vc_160222.pdf
Finlandia_Cb_160222.pdf
Finlandia_Fl.I_160222.pdf
Finlandia_Fl.II_160222.pdf
Finlandia_Ob.I_160222.pdf
Finlandia_Ob.II_160222.pdf
Finlandia_Cl.I_160222.pdf
Finlandia_Cl.II_160222.pdf
Finlandia_Fg.I_160222.pdf
Finlandia_Hr.I_160222.pdf
Finlandia_Hr.II_160222.pdf
Finlandia_Hr.III_160222.pdf
Finlandia_Hr.IV_160222.pdf
Finlandia_Tp.I_160222.pdf
Finlandia_Tp.II_160222.pdf
Finlandia_Tp.III_160222.pdf
Finlandia_Tb.I_160222.pdf
Finlandia_Tb.II_160222.pdf
Finlandia_Tb.III_160222.pdf
Finlandia_Tuba_160222.pdf
Finlandia_Timp_160222.pdf

校訂文

Finlandia校訂文<日本語>
Finlandia校訂文<英語>
Finlandia校訂文<フィンランド語>
Finlandia校訂文<ドイツ語>

時系列表

Finlandia年表<日本語>
Finlandia年表<英語>
Finlandia年表<フィンランド語>
Finlandia年表<ドイツ語>

フィンランディア初演時のパート譜 Download

初演時の全パート譜です。この曲の自筆のスコアは、シベリウス自身が演奏旅行中に紛失し、それ以来100年自筆スコアというものは存在していません。それで、彼が依頼して、この初演のパート譜を合成してスコアを再生させました。元々スコアからパート譜を作る際に、必ずどこかに写譜ミスが起こるものですが、それから合成してスコアを作るとなるとミスが倍増します。それで1小節ずれたままになっているパート等が各所に起こり、そのまま修正もされずに世界中で不自然に演奏されてきました。そういう意味で、彼の意図を知るためにこのパート譜は、非常に重要なのです。

初演パート譜VnⅠ1~3
初演パート譜VnⅡ1~3
初演パート譜Va1_2
初演パート譜Vc1~2
初演パート譜Cb
初演パートFl Ⅰ・Ⅱ
初演パート譜ObⅠ・Ⅱ
初演パートClⅠ・Ⅱ
初演パート譜FgⅠ・Ⅱ
初演パート譜HrⅠ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ
初演パート譜TrⅠ・Ⅱ・Ⅲ
初演パート譜TrbⅠ・Ⅱ・Ⅲ
初演パート譜TrbⅢ2012059
初演パート譜Tuba
初演パートTim GCCymb

こちらは、シベリウス自身がその再生され印刷されたスコアを見ながら、ピアノで弾けるよう編曲した、ピアノ編曲自筆譜で す。その意義は、無数にある出版譜のミスの多くを、その自筆譜では修正しているからです。ですから今回の私の校訂版は、このピアノ譜を重要視し、彼が出版されたスコアのミスを色々修正したり、あるいは場所によっては新たな改訂を加えているところは、彼の希望に限りなく近づけている優れものなのです。

piano manuscriptt 20120513_003021.pdf

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